〼(ます)健の備忘録

置き去りにしてしまいそうな好奇心を残せたら良いな。

國學院ファン目線で語る観戦記2023(後編)

お待たせしました。最近仕事等バタバタで更新できませんでしたが、復路の観戦記を投稿しようと思います。

 

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3 復路譚〜All for one, One for all〜

島崎4(12)-上原3(6)-高山3(13)-坂本7(10)-◯佐藤4(4)

やはり中西大翔の名前はなかった。この時点で主眼としては「表彰台圏内に入るワンチャンスが生まれるまで、若いメンバーで戦えるか」ということになった。

 

6区 島崎(5)〜5年目の意味〜

6区のスタートを切ったのは、「5年生」の島崎選手。昨年度の箱根駅伝では直前の怪我で出走できず、留年してリベンジを決意した選手である。ただどうにも年間を通じて調子が上がらず、全日本大学駅伝では得意の「伊勢路1区」でありながら失速を喫していた。それでも経験が何より問われる特殊区間であれば、ということで、当然区間上位候補に挙げる声も多かった。けっきょく、彼は襷を受けたことのないまま卒業することになった訳だが...

ただ、やはり先日同様、天下の険にはごまかしが効かなかったというべきなのだろうか。登りですでに早稲田の北村選手に捉えられ、先行を許してしまう。ただ、それでも青山学院・西川選手の「綻び」を穿って4位に浮上、1時間を切る区間12位。出走後は本人もTwitterで「折れたかも」と発言するなど(実際は折れていなかったそうだが)彼もまた、ギリギリの状態で走っていたことが伺えた。きっと彼もファンの知らないところで苦しみながらも範となり蓋となり、チームの底上げに多大な役割を果たしたのだろう。その過程にささやかながら賛辞を送りたい。

卒業後はサンベルクスで走ることになるが、このチームもまた積極補強も要因としてあるだろうが常連から強豪へのステップを踏んでいる最中のチームで、國學院での経験がそのまま活きるはず。ここでもまた、強豪への挑戦を続けてほしいものである。

 

7区上原(1)〜琉球の至宝がベールを脱いだ日〜

7区は上原選手、高校時代は5000m13分台等沖縄県記録を次から次へと更新し、鳴物入りで國學院に入学したスーパールーキーで、入学後も一貫して「上原がいい」という指揮官評を向けられていた。甲佐10マイルでもまずまず走り、箱根出走もあるのではと目されていた。

まだまだ線が細いがダイナミックなフォームでグングンと3位を走る早大の主将・鈴木選手に追いつき、しばらく並走。その鈴木選手は「死んだふり」と称されるほど後半のビルドアップが強い選手であったが、それすらもものともせず終盤に彼を突き放し、最終的には3位で襷リレー。区間6位という結果は1年生にしては万々歳と言えるだろうし、往路に抜擢されてもおかしくないレースセンスを感じた。

もっとも、出走後のインタビューではまったく満足している様子は見られず、まだまだ伸びしろを沢山残していることを感じさせた。同学年の青木選手や、同じく高校からの戦友である嘉数選手、ひいては1学年上の「柱」と謳われる山本選手と大いに競争し、彼もまた柱にカウントされるほどの活躍を期待したい。

 

8区高山(1)〜収穫は「負けなかった」こと〜

8区は高山選手。ルーキーの中では長い距離への適応が早く、札幌ハーフ、上尾ハーフと1年生ながらハーフマラソンを2本走るローテーションを完走。特に上尾ハーフではあわや入賞となる62分台・9位の好成績を残し、青木選手とともに箱根路デビューの有力候補と目されていた。

彼は力強さを見せるフォームで淡々とラップを刻んでいたが、後続の選手が激しく追い上げることがテレビ中継・速報マップの両方から読み取れる展開で、観ている側としてはハラハラしていた。遊行寺の坂でも苦しみながら登る姿が見え、後続との差もやはり詰まってきていた。そして一度早大・伊福選手に並ばれた。しかしそこから彼は粘った。早大とのデットヒートを制し、3位で中継。結果として区間順位こそ13位で後続からの差は大きく詰められてしまったが、彼は「大事な場面で負けなかった」のだ。3位を守ったということをまずは収穫として評価したいと思う。

彼はおそらく今後も鶴・瀬尾・佐藤選手ら「ロード組」と、主にハーフレンジで切磋琢磨を繰り返すことになるだろう。また、山登りに対する意欲を持っていることも書誌情報より判明している。「長い距離・タフネス区間に高山あり」という存在になるだろうか、今回の走りを糧にできるか、今後の成長を注視したい。

 

9区坂本(4)〜「いつも通り」の裏に〜

9区の坂本選手は今季はとにかく「再現性の高さ」が群を抜いていい選手、という印象だった。記録会ではどんなコンディションでも「14分フラット、29分フラット、62分台」くらいのアベレージで走っていて、勝負レースでもそれくらいのパフォーマンスを見せることができる選手、そんな印象だった。

任された展開は早稲田、法政、創価、順天堂、そして青山学院が入り乱れる混戦の3位争い。それでもいつも通り再現性の高い走りを見せた。3位が大集団になったことにも、後ろから猛然と追ってくる岸本選手(青山学院)にも動じず、最後こそ創価緒方、法政中園両選手に離されてしまったが総合7位、69分と少しで中継。区間10位と持ち前の安定感を見せてくれた。

驚いたのがこのあとの続報。なんと坂本選手、1/2の朝に痙攣で倒れていたというのである。それでよくぞ69分台区間10位で走ったものだな...と驚いた。いつも通りの裏で、箱根路とはかくも過酷なものなのかと思った一幕だった。ひとまずは体をゆっくり休めてほしい、そう願うしかなかった。

卒業後はプレス工業に進み現役を続行する。ここ数年はスピードを重視した育成を行なっており、安定感・再現性が売りの坂本選手が殻を破るきっかけとなる可能性を感じる。そして逆に、坂本選手が復権のピースとなり、しばらく上州路から遠ざかるチームを浮上させるきっかけになることも期待したいところである。

 

10区佐藤(2)〜不如帰は仲間のもとへ〜

10区の佐藤選手出走、これについては、國學院ファンのみならず駅伝ファン全員が歓喜したことと思う。都大路では2年連続で3区で快走を見せており能力の高さは折り紙つき、指揮官からも良質な練習ができていると太鼓判を押された選手であったが、怪我が多くなかなか継続して試合に出られていなかった。そんな彼であったが、上尾ハーフで一定の結果を残したことで無事出走を射止めることができた。いちファンとしてはたとえ4年かかっても「鳴かぬなら鳴くまで待とうほととぎす」の精神でその推移を追いかけていた選手、その翼は2年目の冬に広がった。

だがやはり走れば大器、すぐ前の早稲田はあっという間に置き去りにし、中継カメラの回る頃には法政大学の前に出ていた。彼の走りを本格的に観るのはこれが初めてだが、グラウンダー走法で、ピッチを細かく刻んで、顎は上がって顔はめちゃくちゃ苦しそうでそれでも速い独特なフォーム、というのが印象だった。「歴史を変えた挑戦」時の殿地選手のような鬼気迫る走りで4位にまで順位を押し上げてフィニッシュ。さすがに青山学院を捉えるのは難しかったが、それでも復路では学内MVP級の走りだった。

今回で「走れば強い」を実証した佐藤選手、今後の飛躍のためにも、まずは継続的に走れるようにということを願い、これからもゆっくり推移を見守りたいところである。

 

復路を終えて

All for one,One for all

有名なラグビーの格言であるが、今年の國學院はまさにこの言葉がピッタリのチームだったと思う。キャプテン・大翔選手は優しくメンバーに目を配って背中で引っ張り、そこから「大翔さんのために」というひとり/ひとつの目的のために持てる力を発揮したように感じた。

そんな大翔選手であるが、

・最強世代に揉まれて目標を見据えた1年次

・トラックで活躍し速さをつけた2年次

・不調故障を乗り越えて強さをつけた3年次

・主将として持てる力をレース内外で発揮した4年次

と、着実にステップを踏んで強くなったように映った。けっきょく4年間で彼の適性距離はわからなかったが、タフな条件と単独走に対する抜群の強さはしっかりと印象に残った。トラック、マラソンはどちらも十分戦えそうで、上州路は試練の5区が最適性なのだろう。旭化成で、培った強さを発揮してほしいものである。

ほかの選手についても、ハーフマラソン63〜65分台の選手が分厚い層を成し、「育成の國學院」を象徴する世代であったと思う。まずはこの場で、4年生の頑張りを讃えたいと思う。

 

そして、単独走となることが多く経験が問われる復路を若いメンバーで戦い抜いたことは、大いに明るい未来を想起させる結果となった。今回復路を走った3選手は、いずれも劣らぬプロスペクト。この経験を自信に大きく飛躍することを願っている。

一方で、鶴・瀬尾選手の2人が象徴的だが、ハーフレンジを主戦場としこの舞台を一途に目指した選手たちがこのスタートラインに立てなかった、という事実からも目を背けてはいけないと思っている。アプローチ、ケア・コンディショニングといった、個人チーム両面でできる対策を考えれば、チームはさらに上のステージを目指せるように思う。逆に言うと、彼らの存在がそのまま伸び代である、ということになるだろうか。彼らの来期にも注目したいところだ。

 

4 後日譚〜来年は間違いなく正念場〜

さて、来年度のシーズンについてだが、一番は「正念場」だと捉えている。というのも

・新4年の層の薄さ

→牽引役、箱根復路を担える存在の不足が課題となる。

・柱の2名(平林・伊地知)のマラソン挑戦

→彼らの準備・ケア・コンディショニングがしっかり行えるよう、この2人に頼らないチームビルドの必要性が大きくなる。

・「新4年黄金世代」を主力に据えるライバル校が数多く存在すること

→上記条件下でもこうした強いライバルチームに勝ちシード権を確保しなければ、狙いに行く再来年度に予選会を経由することとなる。ピーキングの都合それは避けないといけない。

という要因が来年度は考えられるからである。

 

ただ、これを越えれば確実にチームは更に上のフェーズ、「黄金期」を迎えるはずである。そのためには、とにかく「各人がそれぞれ次のフェーズに向けて進む」しかないと思っている。その過程で、何人が新戦力に名乗りを上げるか、誰が金字塔を打ち立てるか、それを楽しみにしたいと思う。

 

柱の選手は、学生の枠を飛び越えて傑物に

 

主力として経験を積んだ選手は、次なる柱として他校のエースに負けない走りを

 

あと少しで檜舞台を逃した選手は、仲間の中から突き抜けてアピールを

 

まだまだ箱根路が遠くに見える選手は、まずは自己ベストから

 

故障と戦う選手は、ゆっくりでいいから二度と故障をしない身体造りを

 

そしてこの時期になると新入生の話題が尽きないと思う。國學院もまた、現段階で14人の選手を迎えることがわかっている。主な選手として

・名門・仙台育英から都大路1区終盤の下りで勇気を持ってレースを動かした後村選手

・同じく都大路は7区で、追う展開ながら好走を見せた田中選手(八千代松蔭)・吉田選手(埼玉栄)

・伊那駅伝の1区で区間4位の快走を見せ名を上げた静岡の雄、野中選手(浜松工)

ら、「適切に磨けば光る逸材」をきちんと押さえている印象を受けた。ここからチームや指導陣が彼らをうまく育てていき、例年のように練習の水が合い1年時から大きく飛躍する選手が1人でも多く出てくることを楽しみにしている。

 

こんなところで、記事を締めたいと思います。お付き合いありがとうございました。

國學院ファン目線で語る観戦記2023(前編)

ご無沙汰しております。

去年は往路だけ執筆し、復路は記憶を失ってしまっていた()のですが、今年はしっかり前後編執筆したいと考えています。

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1 前日譚

今年の國學院は出雲2位、全日本2位という実績を残した。出雲駅伝に関しては優勝経験があったとはいえ、その年の全日本大学駅伝はあわやシード落ちという格好だったと考えると、チームとして「走りの再現性」はむしろ今年の方が高く見え、当然箱根駅伝も優勝を射程に入れる資格は有していたように思えた。

 

雲行きが怪しく思えたのが29日の区間エントリー、4区出走が濃厚と目されていた主将で「四本柱」の筆頭格・中西大翔選手が補欠、代わりに入ったのは関東インカレハーフ、上尾ハーフで入賞と長い距離にめっぽう強い鶴選手。この時の想定としては

・鶴選手が走れない

・大翔選手が復路に回る

のどちらかと見えた。前者でも選手層としてはまだなんとかなる、後者ならいいけどどの区間に大翔選手が出てくるのか...?、そう考えていた。

のちにこの見解は、最悪の形で裏切られることになるが...

 

2 往路譚 〜苦しみながら掴んだ上位ターン〜

◯青木12(12)-◯平林6(7)-山本4(5)-◯藤本5(4)-伊地知4(7)

(○:当日変更、選手名総合順位(区間順位)という表記としています。)

4区藤本選手...それはつまり、大翔選手が復路に回る、かつ鶴選手が出られないということ、引いては「中西大翔、出走不能」がうっすら頭に浮かぶ事態だった。それでも他の往路区間は概ね予定されたオーダーに見えた。

 

1区 青木(1) 〜若武者、走る〜

1区は飛ぶ鳥を落とす勢いの夏秋シーズンを送り、「5本目の柱」とまで称された青木選手。1区経験は出雲で積み、甲佐10マイルでも見事なタイムを叩き出し、スロー1区なら十分上位候補と目されていた。

ダイナミックなフォーム、苦しそうに走る姿、後方を陣取る位置取り、脚を溜めているのが分かるが少し怖かった。途中まで2位集団にいた。この段階ではいけると思った。中央の溜池選手が六郷橋登りで仕掛けて、そこで一旦追いつくために脚を使ってしまった、そして坂を下り切る頃には脚が残っていなかった、そのように見えた。それでも、よく最後まで粘って区間12位。

優勝を狙うならもっといけたのかな?と思うかもしれないし、自分も少しそう思った。しかし、忘れがちな事実として彼はルーキーなのだ。そして同じようにルーキーで1区を任された藤木選手(現旭化成)の1年次より速いタイムで駆け抜けたのだ。それも序盤スローからの展開で。健闘は健闘、でも伸びしろはまだまだ、という評がいちばん適切だろうか。

後日、彼に前田監督から今後のレースローテが言い渡されたようで、自身も「できないを求められているわけではない」と決意を新たにしていた。きっとこれが、「柱」襲名のための最終試験になるのだろう。ここで悔しさをバネにもう一段階上を目指し、今回負けた溜池選手やU20で負けた吉岡選手にも負けないエースに成長することを切に願っている。

 

2区 平林(2) 〜小さな怪物、覚醒〜

満を持しての2区出走となった平林選手。直近2年間は「伸び盛りの2年生エース」が担当していた区間で、どちらかというと洗礼区間となっていた。しかし今回の平林選手は四本柱の一角、「押しも押されもせぬエース」の座を確立して投入された選手、期待値は非常に高まっていた。

走り出した彼は、いつもの軽快なピッチを刻み、城西斎藤選手、日体大藤本選手、東国丹所選手、順天堂三浦選手、法政内田選手と名だたるエースを次々と交わしていく。

そして中継、タイムは見た目67分ジャストくらいを予想していたのだが、67分半のタイム。今年は(一部の突出したランナーを除くと)あまり速い流れにならなかったこと、さらに当人が怪我からの復帰戦だったことを考えると十分好走の部類にあると今は考える。

何より「怪我明けの状態で万全の近藤幸太郎(青学)と1分差」という事実に、ファンとしては底知れぬ喜びを感じている。全日本7区は万全同士でやり合って1分だったのだ、来年以降は近藤選手と同水準のスーパーエースに覚醒することを予感させる走りだった。と同時に、コロナ明けで66分半の田澤廉(駒澤)選手はやっぱり凄い...とも思ったのではあるが。

今年度〜来年度でMGCへの挑戦を明言しており、まずはそこでどんなインパクトを残すだろうか、期待は高まるばかりである。

 

3区 山本(2) 〜心・技・体〜

3区はそんな平林選手と共に2年世代の双璧、四本柱の一角をなす山本選手。前哨戦は2戦とも2区、特に全日本2区10人抜きなど國學院屈指のゲームチェンジャーの面目躍如となる走りであった。柱の中でも最も状態がよかったようで、区間賞をはっきりと目標に掲げていた。吉居大和選手が3区でないのなら、全然可能性はありそうに思った。

走り出してすぐ前を行く創価・山学をとらえ、単独4位。身体の捻りを使ったバネのあるランニングフォームが中継に映えた。しかしいかんせん展開は可哀想なくらい良くなかった。前の3校は見えず、順大・伊豫田選手らからは標的として見える位置とあっては流石の彼でも走りづらかったのではないだろうか。それでも貫禄の62分少し、ポジションは4位・区間5位で走り切った。同学年の駒大・篠原選手や明治のルーキー、森下選手に負けたのは本人にとって悔いだろうが...

それと、完全にレース外のことになるが、創価・山森選手との接触騒動で、フェアプレー精神あふれる対応が話題になった。このことについては深く言及はしないが、彼が「心・技・体」の「心」の部分についても充実していることを深く印象づけた、そんな幕間劇だった。

来季は伊地知・平林両選手のマラソン挑戦の結果次第になるとはいえ、「チームの柱」としての負荷量は一番多くなることが予想できる。しかし、今の「心・技・体」のすべてを高い水準で有する彼ならば、それでもチームのエースとして更に上のレベルに到達できると信じている。

 

4区 藤本(4)〜集大成はあまりにも強く咲く〜

4区は藤本選手。もともと学内世代2位のタイムを誇っていたが怪我がちな選手で、なかなか檜舞台に上がれなかった。それが4年になってから28分台、駅伝シーズンも主力の一角として戦っていた。もともとの位置付けは「復路のジョーカー」だったのであろうが、先述のとおり中西大翔というエースを起用できない状況下で抜擢された「代打の4区」で箱根路を駆けることとなった。しかしこれが、まさに一世一代の走りとなった。

山本選手同様、前は見えず後ろからはターゲットにされる難しい展開に巻き込まれ、かつヴィンセント選手(東国)が後ろから迫り、抜いていく。こんなに難しい展開でも、彼は自分の走りを貫いた。動きはよく見えた。嶋津選手など、後方にいたヴィンセント以外の有力選手は寄せ付けず、堂々の61分台・学内記録を打ち立てて区間4位。前田監督は彼を「学生スポーツの鑑」と称したが、まさにその言葉の似合う選手だったように思う。最後に大輪の花を咲かせてみせた。

彼は今季で現役を退き、実家の酪農家を継ぐことが決まっている。そのためラストランは都道府県駅伝、ということになるだろうか。酪農家の道は学生の4年より長く、長距離の道以上に忍耐が求められるだろうが、4年で大輪の花を咲かせた経験は必ず礎となるはずだ。

 

5区 伊地知(3)〜故に天下の険なのだ〜

5区は、こちらも柱の一角で満を辞しての投入となった伊地知選手。彼は昨年度の箱根では花の2区に大抜擢され、そこからは平林選手と共に「國學院のタフネス区間」の代名詞になった。そんな彼であるが実は1年時は雑誌のインタビューで山登りに意欲を見せており、今回もしかしたら...と個人的には思っていたが、11月に各種媒体で登りを匂わせる発言が相次ぐと「2区で戦える選手の山登り」ということで駅伝ファン界隈が色めき立っていたのをよく覚えている。ランニングフォームは2代目山の神・柏原竜二さんと同じようなキックの強さで走るタイプ、山の神候補としての素養は備えていたように見えた。

5位で走り出すと、大平台で前を行く東京国際をとらえ、しっかりとした足取りで宮の下を通過、しかしそこからなかなか区間順位が上がらない。小涌園定点では抜いたはずの東京国際にも抜かれて、苦悶の表情で走る彼の姿があった。最終的には東京国際は抜き返したものの往路4位、首位とは4分差での折り返しとなった。

続報によれば11月に故障しぶっつけの山登りとなったということであり、やはり天下の険は厳しく、準備が足りなければ國學院のタフネスキングをも飲み込んでしまうのか...と思った。客観的には難しい区間区間一桁は十分な部類にあたるのだが、本人にとって悔しいものになったことは想像に難くない。

こちらも平林選手と同じく、MGCへの挑戦を明言している。反骨心もまた彼の武器であると監督が語るように、転んでもタダでは起きない激走を期待したい。

 

往路を終えて

総合4位というポジションは、後々のチーム状況を考えると決して悪いものではない、が、優勝は奇跡でも起きないかぎり難しい、表彰台も上位3校のミス待ちということになってしまった。

駒澤・青山の2強はともかく、藤原監督の指導のもと高校の時から群を抜いていたポテンシャルを正しく発揮できるようになった中央の躍進には驚かされた。が、まだ付け入る隙がないわけではないと感じていた。島崎選手と大翔選手の状況次第ではまだなんとでもなる、と考えていた。大翔選手は往路終了時点でアウトが濃厚そうであったが...

そうはいっても野戦病院の中で2年連続の4位ターンは、チームとしての底力の向上を感じた。そんな往路だった。

 

(後編に続く)

國學院ファン目線で綴る箱根駅伝2022 往路編

 ご無沙汰しております。公私ともにいろいろありまして更新は1年ぶりになってしまいましたが、今年もファン目線で、なるべくポジティブに振り返っていこうと思います。

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0.前哨戦までの國學院

 前哨戦までの國學院を振り返ると、「六強のチーム」というネーミングができるだろう。前年度からWエースとして立脚していた藤木、中西大翔各選手に加えて、

・学生ハーフ3位、前哨戦1区での好走、山の飛び道具からエースに成長した島崎選手

・キャプテン2年目、出雲2区で区間賞を獲得し自分にもチームにも自信を深めた木付選手

・ロードの強さは折り紙付き、全日本8区で早くもタイトルホルダーとなった伊地知選手

・1年生ながら駅伝は長距離区間を任され、もはや2区出走も噂された怪物ルーキー平林選手

の4本の柱が成長、主要区間で戦える選手の数なら全大学でもトップクラスだった。加えて、山登りの5区を競技人生最終走に据え、じっくりと心身を準備してきた殿地選手が山登りの前哨戦「激坂王」を学生トップタイムで踏破。また、ルーキー世代最速の5000mタイムをもつ山本選手が10000mでも結果を残した。総合優勝が狙える大学のひとつ、と捉えられていたし、ファン心理としてもそう思っていた。

 ただ一方で、「Wエース」藤木、中西大翔選手が前哨戦で調子の悪さを見せてしまい、この2人については往路で真っ向勝負をさせるより、復路のジョーカー的な起用のほうがよい、というのが駅伝ファンの見方であり、失礼ながら自分もそう思っていた。

 

 しかし、こうした下馬評は、良くも悪くも大きく裏切られることになるのであった。

 

1.往路観戦記 〜力を蓄えた者たちの快走劇〜

往路:藤木-伊地知-山本-中西大翔-殿地

 このメンバーを見た時にはじめに感じたのは「なんだかんだWエースのチームで、この2人に命運を託してきたな」というものだった。ハイペースが予想される中出足を任された藤木選手、2区3区と下級生が続く中ゲームチェンジをも期待された中西大翔選手という、ポイントにWエースが入る形だったからである。伊地知選手も前哨戦好調とはいえ2区は初、加えて前哨戦は出場のなかった山本、殿地選手も主要区間に入り、往路は楽しみ半分、不安半分くらいの感覚だった。

 

 しかしこの5人が躍動を見せる。

 

 まずは1区。藤木選手は中谷(早稲田)、鬼塚(現NTT西)、米満(現コニカ)選手らにより生まれた超ハイペース、「地獄の1区」を知る数少ない選手だった。(もう1人は今回区間最下位に沈んだ栗原選手)それだけに安心して見ていられ、その時の再現を見ているように終始余裕のある位置どりでレースを進めていた。吉居選手こそ逃したが、あればかりは仕方ない。そして六郷橋でひとり、またひとり脱落するなかで最後まで好位で粘り抜き、2位とはそれほど差のない6位で中継。同門・駒澤大で、こちらも藤木選手同様「不調上がりの大エース」と目されていた唐澤選手に負けたことが唯一の注文だろうか、渡す位置・タイム差ともに完璧だと思った。

 

 2区は監督が「ダントツ」というくらいには状態が良かったと目される伊地知選手。並走する東海大の松崎選手の力を使えれば、と考えていたが、そこであまりリズムに乗り切れず、後ろから留学生や鎌田選手(法大)ら他大学のエースに迫られる難しい展開になってしまった。ただ、最後まで粘り抜いての67分台。区間順位は中位にとどまったがそれは相対的なもの、それ以上に67分台のタイムはエースの勲章だと感じる。そして更なる伸び代を期待させる部分もある。まずは部内競争、特に2区を希望していた「怪物」平林選手の挑戦をはねのけ、また鶴見中継所に戻ってきてほしいところだ。

 

 そんな2区、伊地知選手が襷を繋いだのは、平林選手の同期にして「もうひとりの怪物」だったということを、襷リレーのときにはまだファンは知る由もなかったのである。

 

 3区・山本選手。

 

 國學院史上初の高校PB13分台ランナーであり、國學院ファン以外の駅伝ファンからも将来を嘱望された選手である。しかし、1年次前半のシーズンでは怪我に苦しんでおり、一ファンとしては「あれだけの大器なら2ヶ年計画でもかまわない、まずは身体作りから頑張ってくれれば」と、思っていた。しかし秋にトラックを走るようになると、あれよあれよと28分台ランナーになり、地力の高さを見せつけた。とはいえ、長いロードは未経験。どうなるかと思われていた。

 

 そんな心配をよそに、彼は藤沢の定点で5人抜き、区間暫定5位を叩き出した。藤沢定点の映像がにわかに信じ難かった。その後も定点以外の中継に映ることはなかったものの、足取りは衰えず最終的には区間5位、4位で中継。これが國學院の未来だと確信した瞬間だった。

 

 その山本選手から襷を受けたダブルエースの一角、中西選手。全日本では失速を喫したが、うるさい展開より単独で追っていく展開の方が概して成績がよかったこと、それに区間エントリー発表時点で4区にいたことから何も不安視はしていなかった。その期待通り、軽い足取りで3位の帝京大をとらえ、懸命に2位・東国大を追っていた姿にエースの復活を見た。最終的には東国・堀畑選手に粘り切られたものの、堂々の61分台、区間4位。来年はエースでキャプテンということであり、その面目躍如といったところだろうか。

 

 とすると、激坂王のタイトルを得て、2度も「救國の英雄」的な活躍を見せている5区・殿地選手の双肩に全てがかかることになった。普段は柔和な表情を見せる選手であるが、山を走る表情にはまさに「鬼気迫る」という表現がぴったりだった。しかし、ペースが想定以上に上がらず、後方から帝京・細谷選手と駒澤・金子選手に抜かれて、最後はなんとか4位を維持してのゴールとなった。事後取材によれば低血糖に陥っていたようで、そんな中でも区間一桁を死守する走りとなり、「懸けてきた」ものの大きさを感じることとなった。

 

 往路を終えて、まさしく前哨戦で出番がなかったり、調子を落とした選手がきちんと牙を研いでいたことがはっきりと分かり、胸が熱くなる結果となった。かつ復路に前哨戦好調の島崎・木付・平林選手、さらにタフなロードに適性のある坂本選手を残し、総合優勝に望みをつないだ、と感じていた。前田監督が自信なさげな受け答えをしていたことに一抹の不安はあったとはいえ...

 

(後編に続く)

國學院ファン目線で綴る観戦記:復路編

(執筆のいきさつ、往路レビューは前回の記事を参照のこと)

 

3:危険水準からの脱出

復路:島崎−徳備−伊地知−高嶌−木付


 「いい感じなんだろうけど7区10区は逆じゃないかい…?」というのが正直な感想だった。


 6区島崎選手は、シードライン上で闘う大学にあって数少ない経験者で、まずはここでシードラインを大きく引き離し、前との差を詰める計算が立つのはとても安心感があった。そして10区木付選手のところもシード争いを見据えれば稼ぐ区間になるだろうと思った。

 しかし、で、ある。7区以降を見ると

11位 早稲田 宍倉−千明−小指−山口

12位 青山学院 近藤−岩見−飯田−中倉

14位 明治 手嶋−大保−富田−長倉

 この上位3校が上がってくるのは安易に予想できた。この大学群シードラインから上位を伺うのは本当に怖かった。しかも明治は14位とはいえ6区に経験者・前田選手、7区にエースの手嶋選手まで擁しているとあっては、確実に早いうちに逃げきれなくては厳しいと感じた。徳備、伊地知、高嶌選手がシードラインで堪えられるよう祈るしかなかった。


 そして始まった復路。


 6区の島崎選手はもうさすがの走りという他なかった。定点順位でずっと3位につけ、下りきる頃には神奈川・東京国際の2校を射程圏内に捉えていた。拓殖は遥か後方。神奈川、東京国際、拓殖で3校、ここを後ろにすれば安全圏、そう目算を立てた。

 そして小田原ではその2校ではなく、帝京を抜いていた。帝京の下りの三原選手の疲労骨折を知らなかったため、驚きとともにラッキーだと感じた。しかしあそこの8区は2区でも走れる実力者の鳥飼選手(もっとも、本調子ではなさそうだったが)、ここは抜いてもノーカンだ、そう感じた。58分30秒台のタイムで島崎選手が中継。100点満点。本人は区間賞を逃したことに悔いを残しているだろうが、今西・小野田選手クラスの走りを相手にされては仕方ない。

 

さあ、ここからどうなるか、胃が痛い復路平地が始まる…


 7区・徳備選手は前田監督が太鼓判を押していた選手、この大会は全体的に前田監督の太鼓判がかなり信用できる(臼井・殿地・島崎選手)ので期待はできる、が、如何せん相手が悪いように感じていた。案の定、青学の近藤選手にはあっさり抜かれてしまう。宍倉、手嶋選手ももう怖い…が、徳備選手の本領発揮は、ここからだった。

 二宮の定点では神奈川大を抜いて区間6位、大磯でもそのまま堅調に推移して、最終的には区間7位、順位を守り、宍倉・手嶋選手にタイムで勝る。ハーフマラソン69分台ながら今季好調、ラストランの秘密兵器が面目躍如の走りだった。


 8区は筆者が大きな期待を寄せるルーキー・伊地知選手。

 この選手、入学時タイムは14分40秒台で、都大路都道府県も知らない選手。しかし、卒業前ローカル駅伝(県駅伝・奥むさし駅伝)で、今年駒澤の1区を走った白鳥選手には2度勝っており、入学後の自粛期間も藤木・大翔・臼井選手と肩を並べて練習し、5000mで大幅自己新とあって、他大のスーパールーキーとも遜色ない実力を有している(と、個人的に思っている)大器だ。

 とはいえ、茅ヶ崎の定点では区間順位が上がらず、後ろからは予想通り前述した帝京の実力者・鳥飼選手が追いついて並走となっていた。どこまでついていけるか、期待と不安が交差した。そして遊行寺坂では早稲田のこれまた実力者、千明選手が迫っていた。しばらくカメラが途切れ、一時鳥飼選手に切り離されたように見えた、が、次にカメラが回っていた時には逆に鳥飼選手を突き放す。だらだら登る難所、影取でのクレバーな走りで区間9位、8位で中継した。おいおい全日本の7区や8区、箱根の2区や4区、5区といったタフな主要区間を担ってほしい、そんな存在だと改めて思った。


 9区は昨年、殿地選手というヒーロー誕生の陰で、10区出走を譲り涙を流していたであろう高嶌選手。個人的な目算としては95回大会の長谷選手(区間12位、71分少し)くらい走れるかなあと感じていた。

 とはいえ高嶌選手がゆっくり入った事(権太坂定点ではかなり区間順位が悪かった)に加え、後続の恐れていた大学群、帝京・早稲田・明治が迫ってきたことで、いよいよ胃痛のする展開へ。帝京、早稲田に切り離され、明治の富田選手にも抜かれて、いよいよ黄色信号かと感じた。

 が、この選手もこれまでの選手同様、力を溜めていた。CM明けにカメラが切り替わると、明大を抜き返し、さらに東京国際も抜いていたという展開が待っていた。これはもうシード権安全圏に逃げ込んだだろ、そう思い両の手を叩いて喜んだ。結局総合9位、区間12位で71分ちょうどということで、筆者の目算と同じような形の結果となった。


 復路平地、9区までの三選手は、後ろから有力選手が迫る展開にあっても、「前半抑え、後半で勝負」という、駅伝の王道ともいえる粘りの走りを見せていたことが改めて見えた。これを徹底できる地力を培ったが故に、シード安全圏へ逃げ込めたとも言えるだろう。


4:2カ年計画後半戦へ向けて


 シード権は安泰、あとはどこまで上げていけるかに注目した10区だったが、木付選手は期待に違わぬ走りを見せた。


 雑誌によれば貧血に喘いでいたようだが、それでも血のにじむ努力で大きくした身体で、攻め倒す気迫が伝わるレースだった。定点タイムではこれまた激走を見せた石川選手(駒澤)と遜色ないタイムを叩き出し、新八つ山橋の定点では前をいく順天堂・帝京・早稲田がなんと射程圏内に入っていた。そして3人集団にカメラが回った時に後ろにチラチラ見える木付選手。まさしく昨年の、殿地選手の大快走と同じ光景を見るようだった。

 その後は前述の石川選手のドラマチックな逆転劇がずっと映され、追いついてからの走りが映る事はなく、終わってみれば6位集団に肉薄して9位、区間3位でフィニッシュ。

 現場は本気で3位を狙っていたようで悔しさも残るだろうが、それでも下馬評はシード権争いでまだまだこれからのチームという感じだったのだから、ファン目線でいえば上出来とも言える。


 最後に、来年度に向けて。

 

 来年度は箱根駅伝経験者が6人残る。

 さらに下にあげるような選手に代表される持ちタイム・実績のあるルーキーも多く入ってくる。

 ・山本歩夢(自由ヶ丘)13:48:89 2年時都大路1区23位

 ・平林清澄(美方高校)14:03:41 2年時都大路1区22位

 ・中川雄太(秋田工業)14:04:93 2年時都大路1区10位 3年時都大路1区14位

 ・青木洸生(青森山田)14:15:72 3年時都大路4区10位

 ・田邊優太(藤沢翔陵)14:16:80

 ・佐藤快成(埼玉栄高)14:23:03 2年時都大路3区4位

 故障や都大路へのチーム不出場、都道府県駅伝の中止のため、ラストシーズンの大舞台で眩い輝きを見せる事は叶わなかっただろうが、いずれも劣らぬ大器だと感じる。持ちタイム中位〜下位の選手でも大きなポテンシャルを持っている可能性がある。

 一方で今季1人ずつしか出番がなかった新2年生、3年生についても、今はくすぶっていても持ちタイムを持っている選手や、監督から大きな期待を受けている選手はあげればキリのないほどいる。

 とにもかくにも、こうした選手が切磋琢磨し、大きく強い「柱」と呼べるような選手がこれから増えていくこと、これが「2ヵ年計画の集大成」「勝負の年」に戴冠する上で一つ大事になってくるだろう。まずはこれを切に願っている。


 そして今季走った選手についても、藤木・大翔選手という2大エースが今年の箱根路の雪辱を果たす活躍をすること、殿地・島崎選手が更に上の成績を狙えるほど大きくなること、伊地知選手が第3のエースになること、木付選手のキャプテンシーが走り、チームビルディング両面で発揮されること。

 これらの事項が多く叶うことを楽しみに、今後も1ファンとして注目・応援を続けていきたいと〆て、筆を置くこととする。

國學院ファン目線で綴る観戦記:往路編

 今年も箱根駅伝が終わり、振り返りの時期に入った。

 Twitter上で懇意にしている敬虔なWファンやTKファンの方の影響もあり?今年は分析とは趣向を変え、「國學院ファン目線で語る」記事を執筆することとした。

 長くなるので、まずは往路から。

 

1:2枚看板を襲ったまさか

 

往路:藤木−大翔−臼井−河東−殿地(敬称略)


 当日変更を見ての感想は、「十分に想定内」だった。1区にエース藤木選手を立てることで最悪の想定だった「高速1区(特に、中谷選手(早稲田)によるデスレース演出)に対応できずレース本流から脱落」をケアし、上位の流れのままつないで5区殿地選手で抜け出す構想が見えた。

 

 まずは1区。こちらは2枚看板の一角、藤木選手。他大を見ても中谷選手こそいなかったが、塩澤選手(東海)小野寺選手(帝京)吉田圭太選手(青山学院)ら有力選手が並んでおり、ファン心に「もらった」と思っていた。ファンも、おそらく指揮官も、藤木選手の区間賞を確信していたはずだった。

 しかし、レースは予想外の様相を見せる。入りの1km3:33の牽制合戦、引き手の押しつけあいだった。最初は塩澤選手が引いていたが、それも長くは続かず、また牽制合戦に戻る。


 そして10km過ぎ。藤木選手が「引かされた」。


 筆者はTwitter上では強がって見せたが、自分で引くのはどう見ても悪手だと思っていた。事実、今季の全日本大学駅伝7区のシードライン上での攻防、藤木選手と星選手(帝京)のマッチアップで、猛然と突っ込み、星選手を離しに掛かろうとするも逆に利用され、挽回が難しい程の差をつけられた悪い記憶が蘇った。

 それでもエースを信じるしかなかった。

 

 しかし不安は的中した。六郷橋の上りでずるずる遅れる藤木選手の姿は、あまりにもショッキングで信じられない光景だった。


 テレビで先頭争いを移している最中も、チラチラ見える藤木選手の位置が気になって、区間賞争いの攻防はよく覚えていない。

 結局、意地で何人かの選手を拾い、12位で中継。周りに他のランナーもいる位置だったので、最低限の位置で踏みとどまってくれた、とは感じていた。

 

(※1/16追記:藤木選手について、直前期に故障していたことが雑誌で明らかになりました。それを考えると引かされたのは明らかに酷でしたね...それでも12位でまとめたとあってはエースの矜持を感じました。来年こそは輝いてほしいものです。)


 そして勝負は花の2区、こちらも同じく2枚看板の一角、大翔選手。

 10位に順天のエース候補にして三浦選手以上の大器だと個人的に思っている野村選手、13位に帝京のエース星選手がおり、この2人のどちらかを使っていければ浮上はできるだろうと思っていた。

 事実、序盤は野村選手と併走し、横浜駅前定点を昨年度手に汗握る首位対決を演じた土方選手(現Honda)と遜色ないタイムで踏破し、後方から追い上げてきた田澤選手(駒澤)、星選手も合流し、追撃体制が整ったかに見えた。


 しかし、権太坂定点カメラで、また信じられない光景を目にすることになる。


 田澤選手、野村選手、星選手、それぞれが単独で通過する。大翔選手の姿がどこにもなかった。単独で遅れていた。

 最後はなんとか河田選手(法政)を抜いて15位で戸塚をパス。


 2枚看板の不発。

 それも、今回太刀打ちできなかった2枚看板は、國學院記録を次々と更新し、記録会に出れば他大のエースと比較しても上位の実力を示し、昨年度の往路準優勝にも大きく貢献した、大学史上最高峰の2枚看板だった。日本人上位2選手の出力でいえば全大学見渡しても5本の指に入ると信じて疑わなかった。

 その二人を立てての往路15位。予選会校だった頃を思い出し、ここから悪い流れに飲み込まれ、シード権を落としてしまうのではないかと思っていた。ここで筆者はもう心が折れ、諦めの気持ちで戸塚以降の戦局を見守ることになった。


2:選手は諦めていなかった


 諦めモードに入りながらも、それでも國學院の選手の動向が気になる3区以降。そこで「諦めているのは自分だけ」ということを痛感することとなる。


 立役者は「奇跡の男」臼井選手。

 2年時の全日本から1年以上故障し、大学大躍進の昨シーズンほぼ全休だったながらも、復活を遂げた「元エース候補」だった。

 

(来歴は以下の記事に譲るとする。)

https://hochi.news/amp/articles/20201224-OHT1T50284.html?utm_source=dlvr.it&utm_medium=twitter&__twitter_impression=true


 藤澤の定点にして遠目から国士舘大学を抜いているのが判り、「もしかしたらなんとかなるかもしれない...」と淡い期待を抱いた。

 が、もともと3区は國學院の鬼門だった。直近3年こそ青木選手(現トヨタ自動車)が奮戦していたものの、その前までは

 93回土方 1:06:24 18位

 91回塚本 1:08:29 20位

 90回沖守 1:07:11 21位

 89回柿沼 1:07:57 14位

 88回宮澤 1:04:31 16位

 87回宮澤 1:04:29 12位

 目も当てられないような順位やタイムが並ぶ鬼門中の鬼門だった。その上駅伝の流れは最悪。まだまだ不安だった。

 しかし茅ヶ崎の定点ではさらに上位を狙える位置につけていた。ここにきてようやく、奇跡を信じ始めた。臼井選手はそのままぐんぐん進み、中継所の終盤では湯原選手(青山学院)の後ろにちらちら映った。そこでもう感動した。結果的には3区7位、中谷選手(早稲田)と遜色ないタイムで踏破した(もっとも、中谷選手は日本選手権で消耗していたのだが)。

 國學院のホームページに寄せたコメントに本人の納得度合いが滲み出ており、紆余曲折あった4年間の〆がこの走りでよかった、としみじみ感じ入った。マツダでも延藤・山本・向選手というトリプルエースに比肩する選手になってほしいものだ。

(臼井選手のコメント: http://www.kokugakuin.com/shidou_comment.php?page=2)


 その臼井選手から襷を受けた4区の河東選手。昨年の8区や全日本の4区を任されるなどタフなコースに強く、また昨年の丸亀ハーフで見事なビルドアップを見せていたこともあり、この区間での適性は文句なし、と感じていた。しかしなかなか区間順位が上がらない。もどかしかった。

 そんな河東選手や前田監督からしたら、不本意な走りだったのだろうが、12位をキープして小田原へ。個人的には順位落ちなかったしいいんでないかい?という感覚だった。


 そして監督が自信を持っていた5区へ突入する。昨年度10区で劇的ゴールの殿地選手が待っていた。

 主力の一人で、毎年冬に調子を上げて、去年奇跡を演じた生粋の駅伝男が走る、しかもチームが窮地とあっては期待というか、すがるような気持ちで観ていた。祈りを込めたハッシュタグ「#ドンちゃん騒ぎ」が國學院ファンのTLに踊る。

 入りの定点こそ遅かったが、登りに入ってからぐんぐんペースを上げ、区間順位は6〜8位を推移した。去年の実績がある鈴木選手(明治)にも差を詰めさせない。

 そして竹石選手(青山学院)が脚を攣り、その様子が映るたびに、後方からちらちらと殿地選手が映る。相手に異変が起きているとはいえ、勝負の世界。順位が上がりそうとみるやテンションが上がった。そしてもう1人、小涌園の定点で一気にペースが落ちた諸冨選手(早稲田)にも追いつけるのでは...?と淡い期待を抱いた。


 そして創価大学の初の往路優勝を見届け、カメラが切り替わったところでこれらの期待はすべて現実となっていた。

 結果として日体大とその青山学院、早稲田を抜いて、山で順位を3つ上げ、9位フィニッシュ。


 往路を終え。

 

 諦めが早すぎた。情けないと思った。

 後続の選手は誰も諦めていないと思った。おそらく復路の選手もそうなのだろう。「まだまだこれからだ」ということを心に念じた。

 そんな往路だった。


 それとやっぱり創価大の往路初優勝が羨ましく見えた。

 去年、大学史上最強の往路メンバーが、全員四捨五入して100点になるような走りをして、それでも青山の吉田祐也選手(現GMO)に150点の走りをされて、ついに掴めなかった往路優勝。

 それがこう、波乱の展開のなかでひらりと創価大の手中に収まったように見えてしまった。

 次のチャンスは、必ずものにしてほしいと切に願った往路でもあった。


 (次回、復路編へつづく。)

陸上実業団長距離コラム② 判明分新体制とコメント

 コロナ禍はついにインターハイを手にかけてしまったが、後ろ向きな記事ばかり書いていても仕方がない。そこでまずは、実業団分析記事その2。

 

新体制まとめとコメント(公式HP判明分)

 以下に、各地区(ニューイヤー駅伝出場チーム+富士通)の2020年度の体制をまとめていく。

 ※公式HPの「選手紹介」にて、新人選手情報が確認できた実業団のみ掲載

  ※過去エントリで掲載したHomdaおよび日立物流は除外

 ※スポーツ紙および雑誌に進路情報があるが、HP未掲載の選手(佐藤敏也および舟津)は一覧から除外

 

【関東】

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 関東の実業団は、Hondaの大ベテラン、佐野と同様に「長くチームを支えた選手の引退」が目立つ。具体的には

・五ケ谷(JR東日本

・池田、川口(ヤクルト)

・川村(プレス工業

・佐藤、久我(富士通)など

 これに、多数のチームが有力大卒選手を複数名リクルートできている今年の状況が合わさり、結果として高卒選手のリクルートを行なっているプレス工業・コモディイイダ以外のチームは似通った年齢構成になっている。そしてこの「大卒選手の複数リクルート」が可能になったところに、近年の学生長距離界のレベルアップが見て取れよう。

 ベテランの引退の要因としては、上記の「リクルーティングの安定化」に加え、「2020を現役最後のターゲットとしていた」可能性もあるだろうか。断言はできないが。

 

【中部】

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 どの実業団についても、加入人数・退部人数は1〜2人で通常通りの新陳代謝がなされているように見える。年度内に退部者がいなかったトヨタ自動車については、大石世代〜宮脇世代の選手がそれぞれマラソン・駅伝で結果を残しているため妥当と言えそうだ。また、DeNAからビダン・カロキ選手の移籍を迎え、駅伝での優勝とマラソン選手の育成の両面でこれ以上ない熱の入れ方をしていることが伺える。

 唯一不可解な点が残るのがNTN。新入選手1名と退部者(名簿削除者)2名と、ここだけ見ると普通だが、

 三輪晋太朗(29):10000m SB28:37:67

  小早川 健(25):ニューイヤー駅伝1区出走(34位)

 と、「主力」と言えそうかつ年齢的にもまだ戦える2選手が名簿から名前を消しており、違和感が残る。

 

【関西】

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 やはり目を引くのは2年連続で「大補強」に成功したように見えるSGHグループだろうか。ただし、SGHグループはもともと1世代あたりのリクルート数が多めの実業団で(例を挙げれば柿原選手と同世代では沖守・熊崎選手を合わせてリクルートしていた)あったため、実は例年通りのリクルートであると言えそうだ。

 

【中国】

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 マツダは長くチームを支えた円井が引退。ただしこれについては、「後輩の活躍を見て」というコメントがあったため、新陳代謝がかなりうまくいっている証だと言えそうだ。新入部員についても、ロードでの強さは折り紙つきの2名で、これからの躍進に期待がかかる。

 

【九州】

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 高卒中心のリクルートを軸にする黒崎播磨、大卒選手のリクルートに舵を切った九電工安川電機共に近年の傾向通りのリクルートに見える。加えて、九電工安川電機

・吉川、酒井、濱口(九電工

・黒木、久保田(安川電機

 が引退と、こちらの点も関東と同じ傾向を取っている。

 動向が木になるのはトヨタ自動車九州。今年も高卒選手を獲得しながら、例年よりはるかに多い3人の大卒選手を獲得した。ここから九電工安川電機のように徐々に大卒リクルート中心に舵を切っていくかどうかが注目される。

陸上長距離実業団コラム:Hondaの新体制をどうみるか

 コロナショックで大会・記録会こそなくなったものの、チームは新体制を整え、動き出すシーズン。陸上の実業団はプロ野球球団ほどメンバーの出入りが激しくないが、今年は少し話題になったHondaの新体制から色々語っていきたい。

 

1 シビアに見えても理にかなったHondaの新体制

 Hondaの新体制が話題になった理由は、まず実績・実力のある選手がチームを去っていたからだろう。下に選手・年齢と2019年度の主な結果を記す。

 ○佐野広明(33):東京マラソン2020 2:24:08

 ○上野 涉(30):10000m28:34:72 東日本実業団駅伝5区3位

 ○服部翔大(29):5000m14:12:89 東日本実業団駅伝7区4位

 →日立物流へ移籍

 ○新庄翔大(28):10000m29:19:33

 ○アモス・キルイ(22):3000mSC8:17:07 ニューイヤー駅伝2区31位

 国際大会の経験もある大ベテラン佐野選手の引退はともかく、他のメンバーについては「まだやれる」という印象を抱くファンも少なくないだろう。特に上野選手は年度内に28分台をマークしながらの現役引退となった。

 また、服部選手については日体大時代の恩師・別府健至氏が今年度から監督を務める日立物流に移籍ということで、こちらも大いに注目を集めた要因となった。

 一方で、新入部員は例年より少し多めの大卒選手3人(法政大・青木涼真、東国大・伊藤達彦、國學院大・土方英和)およびインターナショナル選手2人(ソゲット・カベサ)となっている。

 これらを踏まえ、以前の記事と同様に年齢分析を試みる。

このようになり、インターナショナル選手を除くと昨年度とほぼ変わらない年齢構成が実現されることがわかる。つまり、大鉈を振るっているように見えて、チームとしてはいたって健全で理にかなった新陳代謝であることがうかがえる。一方で、現役を続けることの難しさを逆説的に示しているデータとも捉えられるだろう。

 

2 日立物流は「過渡期」を迎える

 一方で服部選手を迎え入れた日立物流は、新人のリクルートも3名と多く、引退選手も柳選手(27)のみで、全体の年齢層も上がってきた。

 こちらの年齢分布は下記のようになっている。こちらは比較対象として、年齢分布が比較的近かった昨年度のトヨタ自動車のデータを加えた。

※2019トヨタ自動車在籍のコシンペイ選手は23歳世代に該当

 

 昨年度のトヨタ自動車については、他の実業団と比べ中堅選手の人数が多く一見世代交代がうまくいっていないように見られたが、実際には28〜31歳の中堅選手が勝負レースで安定した結果を残しつつ、実力を伸ばした若手(堀尾・西山選手など)を試しながら戦うというサイクルを確立させていたように見え、いわゆる世代交代の「過渡期」と言えるシーズンを送った。

 同じように日立物流もチームとしての「過渡期」を迎えそうで、トヨタのようなチームとしてのサイクルを確立できれば、将来的に関東中位からの脱却・躍進が期待できるのではないだろうか。中堅どころのピーキング・若手の育成の両面で別府監督の手腕が問われることとなる。

 

 次回は、近年リクルート方針をガラリと変えた「関西の飛脚屋さん」の分析を行っていく予定。